神戸市には、約690ヶ所の認可保育施設があります。保育士の待遇改善など市が本腰を入れてバックアップしたおかげで、保育所が増え、待機児童数はゼロになりましたが、共働き家庭の増加傾向は依然強く、入園を希望する子どもは今も増えています。保育の現場に目を向けると、人手が足りない中で、業務負担や責任を抱えて、日々子どもたちと向き合う保育士の姿があります。
神戸市内で保育園を複数運営する社会福祉法人に勤務する舟橋常雄さんは、「保育の仕事は好きだけど、保育士として働くのは辛い…」と話す友人の言葉に心を動かされ、保育士を支援する任意団体を2015年に立ち上げました。2018年には、特定非営利活動法人Homika(ホミカ)として活動をスタート。メンバーは、みな現役の保育士です。
保育所は、子どもと保護者と同僚という限られた人としか接しない環境で、外の世界とつながる機会が少ないことを課題に感じ、「保育士の交流と学びの場」をつくろうと2016年に初めて開催したのが「保育フェス」というイベントでした。従来の研修では得られなかった、刺激やワクワクを詰め込んだイベント内容で、参加した保育士たちから大好評。運営に加わる参加者がいたり、東京でも開催されたりと、年々輪が広がっていきました。
しかし、新型コロナウイルス感染症の蔓延で、状況は一変。2019年を最後に中断を余儀なくされます。CO+CREATION KOBE Projectに採択された提案は、その「保育フェス」を4年ぶりに復活させるというものでした。コロナの状況下でより強まった、保育士の孤立感を救うため、今こそ交流の場が必要とされているという使命感が、復活に向けてメンバーの心を動かしたと言います。
今回は、特定非営利活動法人Homika・代表理事の舟橋常雄さん、立ち上げメンバーの幣 賢人さん、「保育フェス2023」代表の田口幸弘さんに、イベントの様子やコロナの状況下での保育について、お話を伺いました。
コロナで孤立を深めた、保育士のために
保育士の先生たちは、コロナの状況下でストレスが倍増したと感じました。飲み会や同僚との交流も禁じられ、家族や友人とも会えずに追い込まれ、心のバランスを崩してしまった先生もいました。語り合うことでストレス解消していた部分が、全くなくなってしまったのは辛かったですね。
そして、過去の行事や体制は、すべて見直さないといけなくなりました。飛沫予防で、おはなし会もNG、お迎えの時に保護者と話し込むのもNGと、コミュニケーションの機会もどんどん奪われていったんです。
今こそ、「保育フェス」の魅力の一つである「交流」が求められている、そう感じました。2022年も終わりに近づき、コロナが落ち着きつつあっても、まだ大人数の集まる場所へ行くことを控えている保育士の先生たちに、「外に出ていいんだ」というきっかけを作ってあげたかったんです。
4月から企画会議を始めて、5月にCO+CREATION KOBE Projectに採択されました。金銭的なサポートをいただき、イベント内容の幅が広がったこともありがたかったですが、何よりも、神戸市の応援をいただいて、我々が目指す保育の未来に共感してもらえたことが心強かったです。「保育士が輝けば、子どもも輝く」という理念で、保育士が保育士のために実施する「保育フェス」が自治体に評価されたことは、画期的と言ってもいいと思います。神戸らしい、クリエイティブな考え方ですよね。
交流を生み出す仕掛けが詰まった「保育フェス2023」
「保育フェス2023」は、2023年9月16日にKIITO(デザイン・クリエイティブセンター神戸)で開催され、約200人の参加者が集まりました。
今年のテーマは「夢中がはじまる」です。子どもに携わる人が、人生を楽しむ、という点にフォーカスを当てました。例えば、「絵本作家・tupera tuperaの絵本ライブ」「優しいリラックスヨガ」「今日からはじまるウクレレ体験」など、参加者自身が楽しめるプログラムも充実。もちろん「保育実践の心理学」「自分も相手も大切にする 共感的コミュニケーション」など、学びに役立つものもあり、全14プログラムを用意しました。
「保育フェス2023」には4つのステージに加えて企業ブースがあり、同じ時間に複数のプログラムが開催されています。参加者は、ちょうど音楽フェスのように、自分が興味あるものを選んで参加するのですが、当然同じ時間帯にある他のプログラムには参加できません。実は、これが交流を生み出す仕掛けなんです。
参加できなかったプログラムの内容は、他の参加者に「あれ、どうだった?」と聞けばいいんです。保育フェスでは、全プログラム終了後に「アフターパーティー」という時間を設けていて、講師も運営スタッフも当日ボランティアもパートナー企業も、全員参加します。そこで、さまざまな人と話すことで、交流が生まれるんです。イベントや講義もすべて、交流のための布石が打ってあるので、誰とでも話がどんどん広がります。
参加者からは「出会いが魅力的だった」「明日から頑張ろうと思った」という声を多くいただきました。勉強できて、交流できる。人とつながることで、一人じゃないと感じられる。保育士がやっているとは思えない熱量が、参加者全体で増幅され、一体感が生まれるんだと思います。
保育士への支援は、子どもたちの未来につながる
「保育フェス」は、自分たちだけのものではないので、全国で広まったら良いなと思います。ノウハウは共有するので、各地で自由にやってほしいですね。Homikaとしては、「学びと交流の場」を軸に、社会と保育士をつなぐ仕組みや、保育のマニアックなところを深掘りするイベントを企画するほか、保育士が働きやすい、コミュニティの場をつくる構想もあります。
子育て支援は様々な施策がありますが、家庭や親子向けのものがほとんどです。保育士も子どもたちに長時間関わっているのに、支援が手薄だと感じます。保育士への支援は、子どもたちや家庭を支援することにつながります。Homikaでは、これからも保育の質を高めるお手伝いを続けて、社会に還元していきたいです。
写真/特定非営利活動法人Homika 提供
取材・文/松本有希(株式会社神戸デザインセンター)