2022年の出生数が過去最少の77万人となるなど、日本全体で「少子化」が加速しています。神戸市も例外ではなく、2023年10月時点の推計人口は、22年ぶりに150万人を割り込みました。
そんななか、子育て家庭に1日訪問できる「家族留学」事業を全国で手がけている特定非営利活動法人manmaが、2023年度「CO+CREATION KOBE Project」に選定され、同事業として初となる「宿泊型家族留学」を神戸市で実施しました。
自分が育った環境以外の「家族の形」を知る機会に。1泊2日でリアルな子育て体験
「家族」にはさまざまな形がありますが、どうしても自分が育ってきた家庭環境以外の「家族の形」を知ることはなかなか難しいのが現実です。
若年層や若いカップルが将来について考えるとき、仕事と育児の両立など、多様な子育てのロールモデルを描くことができず、「子どもを持つ」ということへの漠然とした不安を抱えていることも、少子化の遠因と考えられます。
そうした課題を解決するために生まれたのが、manmaが手がける「家族留学」です。家族留学は”家庭版OB・OG訪問”という構想で、さまざまな家庭の実情を知りたい「参加者」と、家族留学に賛同して協力する「受け入れ家庭」とをマッチングしています。
参加した若者たちは家族留学を通して子育て家庭で1日を過ごし、子育ての実情や、現代のロールモデルとなる親たちとの対話を通して、ライフプランのヒントを得ることができるといいます。
「CO+CREATION KOBE Project」でmanmaが提案したのは、プレパパ・プレママ世代の若者が神戸市で子育てすることへの魅力を体験し、将来的に神戸市で暮らすことを選択肢にもってもらうこと。今回は神戸市長田区を中心に、5家庭での宿泊型家族留学が神戸で初めて実現しました。
12月2日~3日に実施された宿泊型家族留学には、神戸市内の大学に通う学生を含む5組8名が参加。留学の様子と参加者・受け入れ家庭による振り返り会を取材し、manma代表理事の越智未空さんにもお話をお伺いしました。
地域の皆で子育てするような距離の近さ、「長田」というまちの魅力を体感
取材に訪れたのは、神戸市長田区にある池田浩基さん・舞さん夫婦宅。自宅に隣接するゲストハウスやカフェなどを経営しながら、5歳と1歳の子どもと保護犬の柴犬と一緒に暮らしています。
このご家庭には、神戸市外国語大学2年の小野実夏子さんと、新潟県弥彦村在住の専門学校生 野﨑拓也さんが留学しました。2人とも同村出身で、大学進学のため神戸に移住した小野さんと、2024年度に神戸に移住予定の野﨑さんは交際中。将来子どもを持ちたいと考えているものの、2人とも実家は新潟県内のため、神戸で頼れる人がいない中での子育てに漠然とした不安があり、参加を決めたそうです。
家族留学では、子どもと一緒に公園で遊んだり、買い物や夕食などを共にして2日間を過ごしました。
1日目は昼すぎに全参加者・受け入れ家族とでオリエンテーションを行ったあと、区内にある大型商業施設や昔ながらの「丸五市場」などでお買い物。その後は地域の方が集まるクライミングジムで一緒に遊び、長田区という下町のディープな魅力に触れました。
1日目の夜は子どもたちの夜泣きを考慮して相談の上、池田さん夫婦は自宅で、小野さんと野﨑さんは隣のゲストハウスで就寝。設置している見守りカメラの映像を共有して、モニター越しに子どもとの夜の過ごし方を体験しました。
皆で一緒に朝食を食べて、犬の散歩にも行ったという2日目に取材でお邪魔しました。約1日を共に過ごしてすっかり仲良くなったという池田さん夫婦と、小野さん・野﨑さんにお話をお伺いしました。
和やかに談笑する(左から)舞さん・野﨑さん・小野さん・池田さんと子どもたち
留学体験を振り返り、「長田区」というまちについて小野さんと野﨑さんは、住民同士の距離が近く、住民同士がとても仲が良いのが新鮮だったといいます。
子育て体験については「大泣きする子どもを見て、どうすればいいかわからなかった。想像していた以上に子育ては大変なことだと感じた」(小野さん)、「子どもを持つことに対しての不安のすべてを解消することはできなかったけど、活動的な両親のもとで明るく育った子どもたちを見て、学びになった」(野﨑さん)と振り返りました。
今回の宿泊型家族留学で受け入れ家庭の募集などでも協力した舞さん(※)は、「長田に来て5年目ですが、まちの皆で子育てをするような距離の近さがあります。こういう環境で子育てしてみたいと思ってくれたならうれしいです」と話しました。
※コーディネート協力:合同会社こどもみらい探求社
参加者・受け入れ家庭ともに新たな発見・学びがあった2日間
2日目の締めくくりとして、ふたば学舎で行われた「振り返り会」では、留学体験を通して感じたこと・気づいたことを話し合い、各々ふせんに思いつくまま書き記して発表しました。
将来的に起業を考える男性は彼女と共に参加。「働き方を考える良い参考になりました」
他県から神戸に移住した夫を持つ女性は、同じく他県からの移住を検討している留学生と過ごした2日間を振り返り「いつもは寡黙な夫が、留学生さんと接していくうちに、子育てのアドバイスや自分の体験などを楽しそうに話していた」と驚いたそうです。「普段なかなか聞けない夫の思いを聞くことができ、私自身としても良い体験になった」と笑顔で話しました。
社会人3年目で転職を検討しているという女性は、共働きで子どもを育てる家庭で2日間を過ごし、「将来子どもができたときのことを考えると、育休がちゃんと取れる会社に転職できればいいなと思いました。子育てしながら仕事する未来を想像することができました」とキャリアプランの参考になったそうです。
振り返り会の発表が終わり、manma代表理事の越智未空さんは「宿泊型だからこそ、子育てのバタバタした夕方から夜の時間帯などすべてを見られるので貴重な体験になったと思う。そうした部分も含めて全部を見せることに抵抗感はあったと思いますが、協力していただいた受け入れ家庭の皆さんには本当に感謝しています」と締めくくりました。
家族をつくることに不安を抱える人にこそ体験してほしい「家族留学」
manmaの家族留学事業は2015年にスタートし、利用者は2023年12月時点で約750人に。通常の家族留学では、受け入れ家庭はボランティアで、留学したい人が参加費用を支払う仕組みですが、宿泊型家族留学がこれまで実施できなかったのは、採算が合わないという資金面の課題がありました。
そんな宿泊型留学が神戸市で実現したのは、CO+CREATION KOBE Projectに事業が採択され、神戸市からの助成や広報支援などを受けられたことがとても大きかった、と越智さんは語ります。
越智さんも元々は家族留学の「留学生」でした。同級生が始めたこの事業に興味を持ち、大学2年生のときに参加。その受け入れ家庭とは現在も交流が続いていて「結婚前に彼を紹介したり、子どもを見に来てくれたり」と、”第二の親”のような存在になっているそうです。
多くの家族留学を実現するなかで、越智さんが印象的だったのは、専業主婦家庭で育った女子大生だといいます。将来的に仕事と育児を両立したいと考えているものの、いつでも母が家に居て接することができる環境で育ったため、自分が働いたら子育てに充分な時間が取れるのか、という懸念があったのだそうです。
共働き家庭に家族留学し、時短家電などを活用して子どもとの時間をつくり、仕事と育児を両立している姿を見て「共働きでも子どもに充分な愛情を注ぐことができる」と実感し、留学前に感じていた不安が解消できたといいます。
越智さんは「家族をつくることについて不安を抱える人に、ぜひ家族留学に参加してほしい」と考えています。
「仕事について学ぶ機会はたくさんあるけれど、家族や結婚、子育てのことは、なかなかほかの家庭の実情を知る機会が少ないです。家族の形について色んな事例を知りたいとか、将来なりたい自分と同じように生きてきた人の話を聞いてみたいとか、そういった人に家族留学していただけたらなと思っています」
子育ての苦労や楽しさを少しだけ体験できる「家族留学」。子どもを持つことに興味があるけれど一歩踏み出せない人に、manmaは活動を通じて背中を押します。
取材・文/森本亜沙美
写真/奥大輔